- シャンプードレッサー
- シャンプードレッサー洗面・洗髪ができるハンドシャワーが設置されている洗面化粧台のことをいう。 逗子 不動産に登場した12系改造の5両編成。スハフ12 702、オハフ13 701、オハ12 701〜703で組成されている。広島支社が保有、山口鉄道部に所属。 山口線で運転される「SLやまぐち号」専用の客車。各車両とも内装が異なる。SL列車のほか団体列車や臨時列車としても使用されたことがある。 アイランドエクスプレス四国II「アイランドエクスプレス四国II」 1999年8月に登場したキハ185系気動車キロハ186改造の2両。キロ186-4・8 で構成されている。2両とも中間車で運転台・トイレが無いので、キハ185形2両(主に-11・12)が牽引にあたる。 老朽化により廃車となった50系客車改造の「アイランドエクスプレス四国」の後継車。列車定員は60名。車内は先代からの発生品の360度回転リクライニングシートが1+2配列で1280mmのシートピッチがあり、AV機器なども設置。 団体専用列車で運行されている。土讃線の高知駅〜土佐山田駅間をC56形蒸気機関車牽引による臨時列車として運行されたこともあった。その際はマイテ49形とも併結をした。 客車 名称なし 湘南 不動産が好評だったためにジョイフル車両第2弾として1988年5月、波動輸送用として高松運転所に配置されていた12系のうち、スハフ12形2両(3・6)、オハ12形4両(5・6・9・10)の計6両をグリーン車に改造した。オロ12 6・9は車内がカーペット敷きとなり、他の4両は座席がシートピッチ1400mm、2+1列配置、読書灯・足置き付きのリクライニングシートに取り替えられた。番号は「ハ」を「ロ」に変更したのみである。 改造後は高松−大歩危間の臨時列車「秘境・大歩危」号や団体列車として使用されたが、「ムーンライト高知」に転用するために6両とも高知運転所に転属し、現在は主に臨時快速「ムーンライト高知」・「ムーンライト松山」に使用されている。 武蔵野タワーズに旧型客車改造による「和式客車」が存在した。 1960年、盛岡鉄道管理局でスハシ29形を改造して登場したスハ88形が国鉄和式客車の嚆矢である。好評を博し、翌1961年にはオハ61形を改造したオハフ80形0番台が増備された。この2両は主に定期列車に増結されて運用されたが、1969年には名古屋鉄道管理局に6両編成の和式客車オハ80・オハフ80形2000番台がオハ35形・オハフ33形を改造して誕生した。1970年には長野鉄道管理局に6両編成1本が増備された。1972年にはスロ81系の登場によりグリーン車に形式変更が行われたが、車両構造上振動が激しく、冷房取付も不可能であったことからこれら形式は1974年から1975年にかけて全車廃車された。 一方、1972年には金沢鉄道管理局にスロ62・スロフ62形を改造種車とした初の冷房付和式客車スロ81・スロフ81形6両編成が登場した。以後1980年までに7編成42両が登場し、金沢・静岡・門司・長野・名古屋・大阪・東京南の各鉄道管理局に1編成が配備された。これらは大多数が国鉄分割民営化までに、12系または14系客車改造車に置換えられて廃車となった。最後まで残った東京南鉄道管理局所属のスロ81-2125〜2128・スロフ81-2113・2114編成(いわゆる「シナ座」)は、「江戸」の投入により1986年に水戸鉄道管理局→JR東日本水戸支社に転属。「ふれあい」と名を変えて、晩年は茶色に白帯に塗装変更されて活躍するも老朽化著しく、1990年に廃車となってスロ81系客車は形式消滅した。 これらのほか、形式称号の変更を伴わずに和式に改造されたものとして、金沢鉄道管理局で改造されたオハフ61-436(1970年改造、半室和式)とスロフ53-2025(1971年改造、全室和式)がある。これらの車両は、七尾線・能登線で1970〜1973年に蒸気機関車牽引で運行された臨時急行「ふるさと列車おくのと」に使用された。これらの車両にはカウンターと簡単な供食設備がついており、郷土料理などが提供されていた。 武蔵野マンションに登場した14系客車改造の6両編成。14系初の和式客車であった。老朽化したスロ81系客車の置換え用として1986年2月から4月にかけて国鉄鷹取工場で改造された。オロフ14 801・802、オロ14 801〜804 で構成されていた。 オロ14形の1両は、車内に日本庭園を設けたサロンカーとなっていた。しかし、1986年12月28日に余部鉄橋から強風にあおられて転落、事故廃車となり、JRに引継がれることはなかった。 1973年4月に登場した初の和式気動車。登場時はキハ27形気動車改造の3両編成(キロ29 1〜3 で構成)のみで塗装も国鉄気動車急行色にグリーン帯を配した外観だった。1984年4月に新たにキハ56形気動車改造の2両(キロ59 1・2 )を追加改造されるとともに、外観もVパターンに塗分けた塗装になり「くつろぎ」という愛称名も付けられた。1987年4月に2度目の塗装変更を行い、道内の団体臨時列車や晩年は函館〜札幌間の快速「ミッドナイト」のカーペットカーの代役として1998年の引退まで20年以上の長きにわたり活躍した。 「アルファコンチネンタルエクスプレス」(1985〜1995年) 通称「アルコン」。1985年に登場したキハ56形・キロ26形気動車改造の4両編成。キハ59 1・2・101、キハ29 1 で構成されていた。1995年に廃車された。 フラノエクスプレス(1996年3月、札幌駅)「フラノエクスプレス」(1986〜1998年/廃車2004年) 通称「フラノ」。1986年に登場したキハ82系気動車改造の4両編成。 キハ84 1・キハ80 501・キハ83 1・キハ84 2 で構成されていた。それぞれ種車は、キハ80 164・キハ82 110・キハ82 109・キハ80 165 であった。 翌1987年に全日空とタイアップとして「ANAビックスニーカー号」としても運転され、この年にはジョイフルトレインとして2度目のブルーリボン賞を受賞した。本編成専用のキハ183系気動車改造車を増結していたこともあった。「ラストラン・フラノ」を最後に1998年引退。引退後、長らく保留車となっていたが2004年に廃車された。 不動産担保ローンの「トマム・サホロエクスプレス」編成「トマム・サホロエクスプレス」(1987〜2002年) 通称「トマ・サホ」。 1987年に登場したキハ82系気動車改造の5両編成。 キハ84 101・キハ83 102・キシ80 501・キハ83 101・キハ84 102で構成されていた。それぞれ種車は、キハ80 160・キハ82 80・キシ80 29・キハ82 86・キハ80 166 であった。 1988年にキハ83 102、キシ80 501 を挿入し5両編成となった(登場時は3両編成であった)。1999年にその2両を脱車し再び3両編成とし「マウントレイク大沼」用として塗装を変更した。2002年引退を前に再び登場時の塗装へ戻された。食堂車であるキシ80-501が苗穂運転所に保留車として在籍していたが、2007年6月6日付で廃車された。 なのはな「なのはな」(1986〜1998年) 1985年に登場した165系電車改造の6両編成。クモロ165-1・2、クロ165-1・2、モロ164-801・802で構成されていた。旧千葉鉄道管理局→千葉支社が保有していた。初の和式電車であった。 各車両ごとに千葉県に咲く花の愛称名が付けられており、1号車から「すみれ」(クロ165-1)、「あやめ」(モロ164-801)、「きんせんか」(クモロ165-1)、「すいせん」(クロ165-2)、「あじさい」(モロ165-802)、「ゆり」(クロ165-2)で構成していた。 6両編成が基本であるが、3両単位での分割運用も可能である。しかし実際は6両編成での運用がほとんどであった。外観は房総半島をイメージした塗装が施され、また登場当初の前面は原形ライト(通称「デカ目」「出目金」)を保っていたがのちに前面強化工事によりシールドビームへ改造された。 老朽化により1998年2月に後継車両である485系多目的車両「ニューなのはな」の登場後も暫らく活躍していたがこの年の8月に房総地区で運転された「さよなら運転」をもって引退した。引退後、6両編成のうちクロ165-1が千葉県内某所で保存されているが場所は非公表であり、ネット上にも情報は少ない。 パノラマエクスプレスアルプス「パノラマエクスプレス アルプス」(1987〜2001年) 津田沼一戸建てに登場した165系電車改造の欧風列車の6両編成。クモロ165-3・4、クロ165-3・4、モロ164-803・804 で構成されていた。旧東京西鉄道管理局→八王子支社が保有していた。先頭車は展望車となっており、先頭車のみ構体が新製されている。 アルファ「アルファ(←シャトルマイハマ)」(1990〜2001年) 1990年に登場した165系電車改造の3両編成。クモハ165-129・モハ164-852・クハ165-194で構成されていた。改番はされていない。新潟支社が保有していた。京葉線で「シャトルマイハマ」専用車両として運用されていたものが1995年に上沼垂運転区に転属、改装された。以後、新潟支社管内を中心に青梅線など首都圏で運用や、山梨観光キャンペーンの一環として中央本線で「ときめき山梨号」として運用されたこともあるが、車両の老朽化により2001年5月8日に廃車された。 「シルフィード」(1990〜2001年) マンスリーマンションに登場した485系電車の3両編成。クモロ485-1、クロ484-1、モロ484-1 で構成されていた。新潟支社が保有し、新潟車両センターに所属していた。